学校から届いた4つの授業依頼
学校から届いた4つの授業依頼
学校の先生方から授業のご依頼をいただくようになりました。
学校保健委員会での食育授業を、保健の先生・栄養士の先生と一緒に行う話。
3年生を対象にした地域農業の授業を一緒に作る話。
同じく3年生に向けて、食品の残菜を減らすための授業を栄養士の先生と組み立てる話。
そして5年生を対象にした地産地消の授業を一緒に作る話――気づけば4件、同時に動いています。
依頼をいただくたびに考えるのは、「作っておわり」「届けておわり」にはしたくない、ということです。
私たちの仕事は、野菜を畑から給食室まで運ぶことで一区切りつきます。
でも、その先に子どもたちが「おいしい」と言って食べてくれる瞬間があって、初めて仕事の意味が完成すると、私は思っています。
作り手・届ける人――栄養士さんや調理員さん――と、食べる子どもたち。
全員揃って初めて、価値が生まれる。
誰か一人が欠けても、この輪は成立しません。
今、子どもたちは当たり前のように給食を食べています。
でも、それは当たり前ではありません。

畑で汗をかく農家がいて、野菜を届ける物流があって、限られた予算と時間の中で献立を組む栄養士さんがいて、調理員さんが大きな釜で仕込んでくれて、ようやく一食の給食が並びます。
そのどこかが欠けたら、今の給食は成立しない。
私はそのことを、子どもたちにほんの少しでも知ってほしいと思っています。
こどもだけでなく、大人もみんなが「当たり前」に感謝できるようになったらいいなと思います。
当然野菜に限っただけではないですよね。
全ての食材には生産者がいて流通してくれる人がいます。
残菜を減らす授業も、根っこは同じです。
残さず食べてほしいというのは、単に「もったいない」という話ではありません。
その一皿の向こうに、作った人、運んだ人、調理した人がいることを想像できるようになってほしい。
想像できれば、感謝の気持ちは自然と生まれると思うのです。
ただ、嫌いなものも無理に食べよう!という話ではありません。
私も好き嫌いはあります(お恥ずかしいですが)
食べてみて、嫌いなら仕方ない。好きじゃないことは誰にでもあると思います。
でも、「これって作ってくれる人がいるんだよな」ということが少しでも頭の中に持ってくれるだけで、作り手としては救われる気持ちになります。
農家の気持ちは、農家だからわかることがあります。
同じように、給食を作る大変さは、作っている人にしかわからない部分があります。
だからこそ、立場の違う人たちが一緒に授業を作るというプロセスそのものに、意味があると感じています。
保健の先生、給食の先生、栄養士さん、そして私たち農家が、それぞれの持ち場から子どもたちに語りかける。
それがきっと、地域という一つのつながりを、子どもたちの中に少しずつ育てていくのだと思います。
農家も、食べてくれる人がいるから仕事になっています。
「食べてくれて、ありがとう。」――この当たり前で、でも忘れがちな一言を、子どもたちにも、そして私たち大人にも、もう一度思い出してもらえる授業にしていきたい。
4つの依頼、それぞれ内容も対象学年も違いますが、目指すところは一つです。
子どもたちの「おいしい」が、地域をつなぐ。
そう思いながら、これから先生方と一緒に、授業の中身を組み立てていきます。
授業はどのような内容ですか?
学校保健委員会での食育授業、3年生向けの地域農業の授業、3年生向けの残菜を減らす授業、5年生向けの地産地消の授業と、学年・切り口の異なる4つの依頼をいただいています。保健の先生・給食の先生・栄養士さんなど、学校側の先生方と一緒に内容を組み立てています。
なぜ農家が学校の授業に関わるのですか?
給食は農家が野菜を届けて終わりではなく、栄養士さんや調理員さんが調理し、子どもたちが食べて初めて完成すると考えているからです。作り手・使い手・食べ手がそれぞれの立場を知り、感謝し合えるきっかけを授業を通じて作りたいと考えています。
ご賛同・協力頂いている「さいたま市の農家様」

鈴木屋

金子農園

森田農園

中野農園

遊馬農園

飯田農園

鈴木農園